法規制と安全性
大麻草(たいまそう)は、古くから衣類や縄、薬などに使われてきた植物です。しかし、成分の一つである「THC(テトラヒドロカンナビノール)」には、人の意識や感情に影響を与える作用があるため、20世紀以降、世界各国で厳しく規制されるようになりました。
日本では、1948年に「大麻取締法(たいまとりしまりほう)」が制定され、大麻草の栽培や所持、譲渡などは原則として禁止されています。ただし、神事や伝統産業などで使用する場合には、都道府県知事の許可を得て栽培することができます。
健康への影響については、THCを多く含む「マリファナ」などを乱用すると、記憶力の低下や集中力の減少、依存のリスクなどが指摘されています。一方で、医療の分野では、大麻に含まれる成分「CBD(カンナビジオール)」や「THC」には、痛みをやわらげる作用や抗けいれん作用があることも分かってきています。
このため、日本でも2024年に法改正が行われ、医療用のTHCを成分とした医薬品が使用できるようになりました。今後は、医療利用を進めながら、乱用を防ぐための厳しい管理が求められます。
また、CBDを使った健康オイルやスキンケア製品が人気を集めていますが、海外製品の中にはTHCが混入しているものもあるため、安心して使えるように検査や表示のルールを整えることが大切です。
大麻草は、これまで「禁止の対象」でしたが、今では「安全に管理しながら活用する資源」として見直されつつあります。今後は、正しい知識と制度のもとで、安全性を確保しながら社会に活かしていくことが重要です。
伝統的な栽培、産業、文化
大麻草は、日本では古代から利用されてきた植物です。縄文時代の遺跡からは、麻の繊維で作られた布や縄の跡が見つかっており、昔から生活に欠かせない素材だったことが分かっています。
大麻の繊維は「麻(あさ)」と呼ばれ、軽くて丈夫で、通気性にも優れています。そのため、衣類や縄、網、神社の「しめ縄」など、さまざまな場面で使われてきました。特に神社では、麻は「清らかさ」を表す植物として大切にされ、「祓(はら)い清め」の儀式に使われています。
江戸時代には、栃木県や長野県、広島県などで麻の栽培が盛んに行われていました。農家にとっては貴重な収入源であり、地域の特産品として広く流通していました。また、麻の実は栄養価が高く、食材や鳥の餌としても利用されていました。
ところが、戦後に大麻取締法が施行されたことで、栽培には許可が必要となり、多くの農家が栽培をやめざるを得ませんでした。その結果、伝統的な麻産業は急速に衰退してしまいました。
現在では、栃木県鹿沼市など一部の地域で、神社用の麻や文化保存を目的に栽培が続けられています。伝統技術を守るための活動も行われており、麻の繊維を使った神具や工芸品は今でも神聖なものとして扱われています。
大麻草は、単なる植物ではなく、日本の文化や信仰と深く結びついた存在です。古来の知恵と文化を次の世代につなげるためにも、伝統的な麻文化の価値を正しく理解し、守り続けていくことが大切です。
新たな産業としての可能性
近年、大麻草は「新しい産業資源」として世界的に注目を集めています。特に、環境にやさしい植物としての特性や、健康・医療分野での利用可能性が注目されています。
大麻草は成長が早く、農薬や化学肥料をあまり必要とせず、二酸化炭素を多く吸収します。そのため、地球環境に負担をかけずに栽培できる「サステナブル(持続可能)」な植物として期待されています。
産業利用の面では、茎からとれる繊維を使った衣類や建築素材、種子からとれるオイルを使った食品や化粧品、さらに葉や花から抽出される成分を使った医薬品や健康食品など、幅広い分野で活用できます。
特に「ヘンプ(産業用大麻)」と呼ばれる品種は、THCがほとんど含まれない安全な大麻草で、ヨーロッパでは自動車の内装材や断熱材などに使われています。日本でも、環境にやさしい素材として、再び注目が高まっています。
また、健康やリラクゼーションを目的とした「CBD(カンナビジオール)」製品も急速に広がっています。オイルやスキンケア用品、サプリメントなどに使われ、心身を整えるアイテムとして人気があります。
2024年の法改正では、THCを含まない産業用大麻の活用を進める方向が示され、各地で「地域産業としてのヘンププロジェクト」が立ち上がっています。これにより、耕作放棄地の再利用や地域の雇用創出など、地方の活性化にもつながると期待されています。
これからの大麻産業は、「環境にやさしく、人にやさしい」新しい時代のビジネスとして広がっていく可能性があります。日本でも、安全性と品質を守りながら、伝統と革新を融合させたヘンプ産業の発展が期待されています。
CBDの可能性
CBD(カンナビジオール)は大麻(産業用ヘンプ)に含まれるカンナビノイド成分の一種で、CBD含有オイルによるリラックス感が人気となり、世界中でサプリメントとしての購買者は増加しており、近年では国内のサプリメント業界でも話題の成分となっています。
国内でCBD原料として認められているのは産業用ヘンプの茎及び種子から抽出されたもののみで(花穂・葉・根の部位は違法)、マリファナや産業用ヘンプの花・葉に多く含まれ、陶酔作用があるため麻薬・向精神薬取締法で規制されているTHC(テトラヒドロカンナビノイド)は含有不可です。
産業用ヘンプに含まれるカンナビノイド類にはCBDの他にもCBG(カンナビゲロール)、CBN(カンアビノール)、CBC(カンナビクロメン)等、60種類を超える化合物が分離されています。国内ではアイソレート(ほぼCBD100%)のCBDを原料とするサプリメントが多いですが、アメリカやヨーロッパでは多くのカンナビノイド類をバランス良く配合したCBDブロードスペクトラムがサプリメントの主原料とされています。
【海外でのカンナビノイド類の適応疾患リスト】

引用:SC Laboratories
人の体内、特に脳内には内因性のカンナビノイド受容体リガンド(内因性カンナビノイド)が存在し、カンナビノイド受容体に作用して様々な神経伝達調節を司り、記憶・認知、運動制御、食欲調節、報酬系の制御、鎮痛など多岐にわたる生理作用を担っています。内因性カンナビノイド・システムが関与する疾患として、多発性硬化症、脊髄損傷、神経性疼痛、がん、動脈硬化、脳卒中、心筋梗塞、高血圧、緑内障、肥満、メタボリック症候群、骨粗鬆症などが知られており、内因性カンナビノイド・システムに影響を与える化合物がこれらの疾患の治療に有効である可能性が示唆されています。
カンナビノイドが作用する受容体としてはCB1とCB2の2つがあります。CB1受容体は脳等で大量に発現しており、神経伝達の抑制的制御に関与していると考えられています。CB2受容体は脾臓や扁桃腺等の免疫系の臓器や細胞に多く発現しており、炎症反応や免疫応答の調節に関与されていると考えられます。
【カンナビノイド受容体の図】

引用:カンナビジオールを正しく理解するために
睡眠障害で悩んでいる方がサプリメントとしてCBDオイル(舌下吸収にて接種)を服用するケースが世界的にみて最も多いのですが、カプセルタイプも普及しています。経口的に摂取する方法では、グミ、チョコレートやキャンディー等も一般的です。海外では他にベープ(気化)吸入も多用されています。
さらに、近年では皮膚疾患を対象として、院内処方によるCBD含有軟膏の経皮適用による有効性が示唆されています。
特に皮脂腺の分泌能の抑制及ぶ抗炎症作用により、にきび治療やアトピー性皮膚炎の痒み抑制に有効との報告が寄せられています。同様にCBD含有軟膏が神経の障害性疼痛、関節リウマチの疼痛抑制に対して有効とする臨床試験報告もあります。また、安全性に関してはCBD含有軟膏の90日間にわたる長期的な塗布使用によっても皮膚に対する刺激性やアレルギー反応などの副作用は認められなかったという報告があります。

提供:星子クリニック
【CBD投与による安全性】

CBDが多種にわたる有用な作用を持つのであればこそ、その利用には慎重な対応が必要であることを認識し、CBDが有効かつ安全であるといったエビデンスをシステマティックな基礎および臨床研究を推進し、その有効性と安全性をさらに、明らかにしていく必要性は高いと考えられます。
監修:亀井 淳三 星薬科大学 名誉教授